2023年01月28日
人にやさしく、初心者には甘く!?:
私と妻は、色んなことの意見が、対極と言って良いくらいに異なります。
しかし、結婚は異文化交流と心得、お互いの違いを尊重し、絶妙な距離感を保っているので、対立はしません。
そんな私達夫婦が、珍しく一致している意見。
「お兄ちゃんだから」を言わない、と言うことです。
私には、3人の子供がいます。
一人目と二人目は、年が離れているので、喧嘩をすることはありませんが、、、。
二人目と三人目は、年が近いので、しょっちゅうぶつかります。
まあ、弟の方が、お兄ちゃんの邪魔をするのですが、、、。
兄が遊んでいると、弟が突っ込んでいって、おもちゃなどを強奪します(本人は、兄の真似をしているだけ、仲間に入れてもらいたいだけなのでしょう)。
こんな時、多くの親は。
「お兄ちゃんなんだから、我慢しなさい」と言うのかも知れません。
お兄ちゃん「だから」我慢せよ、と言う理屈が分からん。
子供にしてみれば、好きで上に生まれてきたわけじゃねーよ、といったところではないでしょうか。
察するに、「お兄ちゃんで、年上で、道理もわきまえているのだから、まだ何もわからない弟のことを許してあげなさい」と言うことなのでしょうか。
おかしくないか?
年が上だろうと、下だろうと、ルール(マナー)は守らなきゃいけないだろう。
幼児が何も知らないのは仕方がないが。
それをきちんと教えていくのが、周りにいる人間の責任ではないだろうか。
私は、まだ話せない1歳児を相手に、「ニイニのおもちゃを無理矢理とってるんだから、お前が悪いだろう」と言い聞かせております。
「小さいから、まだわからないだろう」と言うのは、ある意味、幼児をバカにしている。
どこまで認識してるかなんて、分からないじゃないですか。
言葉はわからなくても、雰囲気そのほかで、感じ取ってるかも知れませんよ。
年が上だろうと下だろうと、しっかりとルールは守らせなければなりません。
少なくとも、その努力はすべきでしょう。
さて、釣り場。
「初心者優先」のルールを設けている釣り場、結構ありますよね。
なぜ?
「釣れないと、辞めちゃうから」でしょうか、、、、?
良いじゃないですか、辞めたって。
「釣れねーな、ああ、つまんねー!」と言っている時。
その人は、釣れないことを、誰のせいにしてるんですかね??
「この釣り場はダメだ!」とか、思ってないですかね?
釣り場は、そう思われるのが嫌だから、初心者優先のルールをつくるのでしょうか。
自分以外のせいにしている時、人は成長しませんよね、、、、?
その釣れない状況を、自分で工夫して打破するから、楽しいのではないですか?
例えば。
サッカーをやるとして。
「蹴ったら、必ずゴールできる」と決まっていたら。
とてもつまらなくありませんか?
厳しい相手のマークを掻い潜って、困難を乗り越え、入るか入らないか分からない、際どいゴールを決めるから、感動があるのでは?
「釣れない」があるから「釣れる」が味わいがあるんじゃないですかね?
それを、「釣れない」はつまらない、「釣れる」一方を求めるって、、、。
しかも、自分以外にその責任を果たしてもらおうって、、、、。
時々、「管理釣り場は、お金を取っているんだから、客に釣らせる責任がある」なんてたわごとを抜かす人がいますが、、、。
ねえよ、そんな責任。
こう言う人は、レストランでも旅館でも、どこへ言っても、横柄なのでしょう。
「俺は金払っているから、『お客様(=神様?)』だぞ!!」ってね。
ひょっとして、このブログも、「俺は読者様だから、俺を楽しませろ!俺が望むような記事を書け!!」なんて考えてないでしょうね、、、?(昔、そんなコメントをもらった記憶が、、、)。
初心者優先ルールの一例。
「トルネードやフェザーなど、『お助けルアー』は、初心者限定で」。
「初心者」って、自称でいいの?
初めてすぐでも、上手い人、いますよね、、、。
フェザーでたくさん釣っていたら、怒られるのでしょうか、、、、?
巻きを黙々とやっている(しかも釣っている)人のそばに行って、ルアーパワーでもって(巻きの人は、そのようなルアーを使わないので、効果は覿面です)、たくさん釣ることに味をしめた初心者が、、、。
いつもそのパターンを繰り返す恐れはないですかね?(人は成功体験を忘れられないものです)。
ポイント自分で探せよ!
自分の頭を使えよ!!
と言ってしまうのは、初心者には酷なのでしょうか?
釣りって、釣れなくて、ツライ思いをして、それを自分で工夫して乗り越えるから、楽しいんじゃないですかね?(「楽しい」の感性は人それぞれ、と言う事実を踏まえた上で、あえて言わせてもらいます)。
早戸川で、トルネードをつけた二人組に同じ区画に入られた時に、こちらもトルネードをつけてまくった話をブログに書いた時、「なんと意地悪な」と言うコメントをいただきましたが。
これって、本人たちが普段していることを逆にして差し上げて、その気分を味あわせているだけじゃないですかね。
人は、自分がしていることはなかなか気づかないもの。
だったら、逆の立場においてあげて、教えてあげるのが親切(?)ではないでしょうか。
って言うか、ポイント、自分で考えて探せよな。
なんで自分で考えないんだ?(初心者だから??脳みそないのか?軽量か?)。
あるフェザーメイカのHPに。
「お父さんが、子供に一生懸命に釣りを教えてるけど、全然釣れてない。そんな子は、釣りをやめてしまうのでは、、、(だから、フェザー使ったら?)」みたいなことが書かれていましたが、、、、。
いいじゃないですか、辞めたって。
本人に適性がないのであれば、辞めるのが一番ですよ(なぜなら、時間は有限で、人間の体は一つなので、一つのことをやると、他のことができない)。
まあ、それはフェザーを売り込むための商業上の理由によるものなのでしょうが。
別のところに。
「(その会社の社長と思われる)金髪した人が、フェザーを使って、次々と魚を作業のようにあげていた」と言う批判が載っておりましたが。
いいじゃないですか。
レギュレーションで認められているんであれば。
フェザーでも豆でも使って、バンバン釣れば。
初心者が使って釣るのは構わんが、上級者が使うのは許さん!と言う理屈は、よくわかりません(魚が傷むから?)。
釣果共産制とでも言うべき、「結果の平等」を目指す姿勢も、理解に苦しみます。
「結果の平等」ではなく、「機会の平等」を釣り場は保証すべきでは?
釣り人は、「たくさん釣りたい」と思うから、「上達したい」と思うのであって。
「下手でも、上手くても、釣果は変わらない」と言うのであれば、どこに「上手くなろう」と言うモチベーションを求めればいいのでしょうか。
「上手な人は沢山釣る。下手な人は釣れない」でいいのではないですか?
って言うか、「沢山釣る人=上手な人」で、「釣れない人=下手な人」では??
元々、ルアーって、知能では魚に勝るホモ・サピエンスが、ハンデを付けるためにやってるようなものじゃないですか?
餌を使えば、もっと沢山釣れるでしょうから。
要は、「頭を使って、ゲイムしましょう」と言うことですよね?
その「頭を使う楽しみ」を初心者から奪うんですか?
上級者が、初心者にできること。
それは、甘やかすことでなく。
「初心者を、完膚なきまでに叩きのめす」
「初心者を、木っ端微塵に粉砕する」
ことではないでしょうか。
叩き潰されても、這い上がってくるのが「男」。
女性でも、釣りの世界に入ってくるのであれば、その覚悟は欲しいところです。
初心者が釣れていない場面で、上級者が滅茶苦茶に釣るところを見せて、「自分もああなりたい。どうしたらなれるんだろう」と考えさせるのが、上級者の責任ではないでしょうか。
釣れるも釣り、釣れないも釣り。
その両方を楽しめるように。
「釣れない」があるからこその「釣れる」の感動。
それが分かるまで、頑張る人のみが見える世界があるのではないでしょうか。
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす」
本当に深い愛情を持つ相手にわざと試練を与えて成長させること、またはそのようにして成長させるべきであると言う考えを意味する語です。
あなたは、愛情深い人ですか?
釣哲人
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そんな私達夫婦が、珍しく一致している意見。
「お兄ちゃんだから」を言わない、と言うことです。
私には、3人の子供がいます。
一人目と二人目は、年が離れているので、喧嘩をすることはありませんが、、、。
二人目と三人目は、年が近いので、しょっちゅうぶつかります。
まあ、弟の方が、お兄ちゃんの邪魔をするのですが、、、。
兄が遊んでいると、弟が突っ込んでいって、おもちゃなどを強奪します(本人は、兄の真似をしているだけ、仲間に入れてもらいたいだけなのでしょう)。
こんな時、多くの親は。
「お兄ちゃんなんだから、我慢しなさい」と言うのかも知れません。
お兄ちゃん「だから」我慢せよ、と言う理屈が分からん。
子供にしてみれば、好きで上に生まれてきたわけじゃねーよ、といったところではないでしょうか。
察するに、「お兄ちゃんで、年上で、道理もわきまえているのだから、まだ何もわからない弟のことを許してあげなさい」と言うことなのでしょうか。
おかしくないか?
年が上だろうと、下だろうと、ルール(マナー)は守らなきゃいけないだろう。
幼児が何も知らないのは仕方がないが。
それをきちんと教えていくのが、周りにいる人間の責任ではないだろうか。
私は、まだ話せない1歳児を相手に、「ニイニのおもちゃを無理矢理とってるんだから、お前が悪いだろう」と言い聞かせております。
「小さいから、まだわからないだろう」と言うのは、ある意味、幼児をバカにしている。
どこまで認識してるかなんて、分からないじゃないですか。
言葉はわからなくても、雰囲気そのほかで、感じ取ってるかも知れませんよ。
年が上だろうと下だろうと、しっかりとルールは守らせなければなりません。
少なくとも、その努力はすべきでしょう。
さて、釣り場。
「初心者優先」のルールを設けている釣り場、結構ありますよね。
なぜ?
「釣れないと、辞めちゃうから」でしょうか、、、、?
良いじゃないですか、辞めたって。
「釣れねーな、ああ、つまんねー!」と言っている時。
その人は、釣れないことを、誰のせいにしてるんですかね??
「この釣り場はダメだ!」とか、思ってないですかね?
釣り場は、そう思われるのが嫌だから、初心者優先のルールをつくるのでしょうか。
自分以外のせいにしている時、人は成長しませんよね、、、、?
その釣れない状況を、自分で工夫して打破するから、楽しいのではないですか?
例えば。
サッカーをやるとして。
「蹴ったら、必ずゴールできる」と決まっていたら。
とてもつまらなくありませんか?
厳しい相手のマークを掻い潜って、困難を乗り越え、入るか入らないか分からない、際どいゴールを決めるから、感動があるのでは?
「釣れない」があるから「釣れる」が味わいがあるんじゃないですかね?
それを、「釣れない」はつまらない、「釣れる」一方を求めるって、、、。
しかも、自分以外にその責任を果たしてもらおうって、、、、。
時々、「管理釣り場は、お金を取っているんだから、客に釣らせる責任がある」なんてたわごとを抜かす人がいますが、、、。
ねえよ、そんな責任。
こう言う人は、レストランでも旅館でも、どこへ言っても、横柄なのでしょう。
「俺は金払っているから、『お客様(=神様?)』だぞ!!」ってね。
ひょっとして、このブログも、「俺は読者様だから、俺を楽しませろ!俺が望むような記事を書け!!」なんて考えてないでしょうね、、、?(昔、そんなコメントをもらった記憶が、、、)。
初心者優先ルールの一例。
「トルネードやフェザーなど、『お助けルアー』は、初心者限定で」。
「初心者」って、自称でいいの?
初めてすぐでも、上手い人、いますよね、、、。
フェザーでたくさん釣っていたら、怒られるのでしょうか、、、、?
巻きを黙々とやっている(しかも釣っている)人のそばに行って、ルアーパワーでもって(巻きの人は、そのようなルアーを使わないので、効果は覿面です)、たくさん釣ることに味をしめた初心者が、、、。
いつもそのパターンを繰り返す恐れはないですかね?(人は成功体験を忘れられないものです)。
ポイント自分で探せよ!
自分の頭を使えよ!!
と言ってしまうのは、初心者には酷なのでしょうか?
釣りって、釣れなくて、ツライ思いをして、それを自分で工夫して乗り越えるから、楽しいんじゃないですかね?(「楽しい」の感性は人それぞれ、と言う事実を踏まえた上で、あえて言わせてもらいます)。
早戸川で、トルネードをつけた二人組に同じ区画に入られた時に、こちらもトルネードをつけてまくった話をブログに書いた時、「なんと意地悪な」と言うコメントをいただきましたが。
これって、本人たちが普段していることを逆にして差し上げて、その気分を味あわせているだけじゃないですかね。
人は、自分がしていることはなかなか気づかないもの。
だったら、逆の立場においてあげて、教えてあげるのが親切(?)ではないでしょうか。
って言うか、ポイント、自分で考えて探せよな。
なんで自分で考えないんだ?(初心者だから??脳みそないのか?軽量か?)。
あるフェザーメイカのHPに。
「お父さんが、子供に一生懸命に釣りを教えてるけど、全然釣れてない。そんな子は、釣りをやめてしまうのでは、、、(だから、フェザー使ったら?)」みたいなことが書かれていましたが、、、、。
いいじゃないですか、辞めたって。
本人に適性がないのであれば、辞めるのが一番ですよ(なぜなら、時間は有限で、人間の体は一つなので、一つのことをやると、他のことができない)。
まあ、それはフェザーを売り込むための商業上の理由によるものなのでしょうが。
別のところに。
「(その会社の社長と思われる)金髪した人が、フェザーを使って、次々と魚を作業のようにあげていた」と言う批判が載っておりましたが。
いいじゃないですか。
レギュレーションで認められているんであれば。
フェザーでも豆でも使って、バンバン釣れば。
初心者が使って釣るのは構わんが、上級者が使うのは許さん!と言う理屈は、よくわかりません(魚が傷むから?)。
釣果共産制とでも言うべき、「結果の平等」を目指す姿勢も、理解に苦しみます。
「結果の平等」ではなく、「機会の平等」を釣り場は保証すべきでは?
釣り人は、「たくさん釣りたい」と思うから、「上達したい」と思うのであって。
「下手でも、上手くても、釣果は変わらない」と言うのであれば、どこに「上手くなろう」と言うモチベーションを求めればいいのでしょうか。
「上手な人は沢山釣る。下手な人は釣れない」でいいのではないですか?
って言うか、「沢山釣る人=上手な人」で、「釣れない人=下手な人」では??
元々、ルアーって、知能では魚に勝るホモ・サピエンスが、ハンデを付けるためにやってるようなものじゃないですか?
餌を使えば、もっと沢山釣れるでしょうから。
要は、「頭を使って、ゲイムしましょう」と言うことですよね?
その「頭を使う楽しみ」を初心者から奪うんですか?
上級者が、初心者にできること。
それは、甘やかすことでなく。
「初心者を、完膚なきまでに叩きのめす」
「初心者を、木っ端微塵に粉砕する」
ことではないでしょうか。
叩き潰されても、這い上がってくるのが「男」。
女性でも、釣りの世界に入ってくるのであれば、その覚悟は欲しいところです。
初心者が釣れていない場面で、上級者が滅茶苦茶に釣るところを見せて、「自分もああなりたい。どうしたらなれるんだろう」と考えさせるのが、上級者の責任ではないでしょうか。
釣れるも釣り、釣れないも釣り。
その両方を楽しめるように。
「釣れない」があるからこその「釣れる」の感動。
それが分かるまで、頑張る人のみが見える世界があるのではないでしょうか。
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす」
本当に深い愛情を持つ相手にわざと試練を与えて成長させること、またはそのようにして成長させるべきであると言う考えを意味する語です。
あなたは、愛情深い人ですか?
釣哲人
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